7.1 論点の枠組み
他者の試算を読むとき、総支給額、純財政費用、負担の帰着、行動反応後の税収・マクロ効果を区別する。
財源論で最も起きやすい混乱は、人口に給付額を掛けた総支給額を、政府が新たに必要とする純財政費用や社会全体の負担と同一視することである。税で一部を回収し、既存の現金給付や控除を調整するなら純費用は変わる。しかし、回収・置換によって誰の手取りが変わるかを示さずに差額だけを小さく見せることもできない。
そこで本章では、金額を四層に分ける。第一は受給者へ支払う総支給額、第二は制度置換と税収を差し引いた政府の純財政費用、第三は税・保険料・価格・賃金を通じて最終的に誰が負担するかという帰着、第四は労働・消費・投資などの反応後の税収とマクロ効果である。研究や試算がどの層まで扱うかを確認しなければならない。
7.2 前提別の整理
欧州の給付置換シミュレーションは、同じ「基礎所得」でも置換範囲により貧困と所得分布が変わり、低所得層の内部にも受益者と損失者が生じることを示す。自動化と税制のモデルは、ロボット税、所得税、資本税、移転を同時に選べるかどうかで結論が変わる。これらは条件付きの比較であり、特定税目だけで日本の必要財源が賄えることを実証したものではない。
静学的マイクロシミュレーションは現行制度の世帯別分配を詳細に表せるが、行動変化を通常は固定する。労働供給モデルは税・給付に対する就業反応を扱い、一般均衡モデルは賃金や価格への波及を扱うが、その分だけ仮定が増える。最適課税モデルは明示した社会的目的の下で望ましい組み合わせを問うもので、政治的・行政的な実行可能性を直接推定するものではない。
まず、公的統計が示す制度上の現在地を、対象時点と会計範囲を保ったまま確認する。
| 基準点 | 公表値 | 時点・性質 | この数字だけでは分からないこと |
|---|---|---|---|
| 人口・世帯 | 123,049,524人、57,124,507世帯、1世帯当たり2.15人 | 2025年10月1日、国勢調査速報 | 対象年齢、課税単位、個別ニーズを反映した支給対象 |
| 社会保障給付費 | 合計1,354,928億円(医療455,799、年金563,936、福祉その他335,192億円) | 2023年度決算、ILO基準 | どの給付・サービスを維持または置換できるか |
| 一般会計税収 | 842,226億円(所得税計252,565、法人税217,450、消費税260,278億円) | 2025年度決算、国税一般会計分 | 地方税・保険料を含む負担総額と増税後の税収 |
| 基礎年金給付費 | 28,374,984百万円 | 2025年度当初予算、基礎年金勘定 | 年金制度全体の給付費や代替可能額 |
| 児童手当 | 21,666億円 | 2025年度予算案 | 決算額や他の子育て支援を含む総額 |
これらは桁感を演出するための材料ではなく、制度範囲を確認するための基準点である。人口速報へ任意の月額を掛ける、社会保障給付費を全額置換可能とみなす、国税収をすべて新規財源とみなす、といった計算は行わない。医療、介護、障害、住宅など必要度に応じた現物・追加給付は、一律現金給付と目的が異なるためである。
次に必要なのは、行政データを用い、複数の明示的な制度案について世帯別の純受益、貧困率、捕捉率、限界負担率を比較する研究である。その上で労働・消費反応を段階的に加え、仮定を変えた感度分析を示すべきである。単一の「財源総額」より、誰が何を受け取り、何を失い、何を負担するかを再現できることが重要になる。
7.3 小括
財源試算は総支給額、純財政費用、負担の帰着、行動反応を区別し、どの制度を残すかと一体で読む必要がある。
この整理は対象資料と公的統計の範囲に基づく。制度条件が異なる研究を日本へ直接外挿せず、各リンク先の研究方法と限界を合わせて確認する必要がある。
