UBI研究機構 資料データベース / 制度設計・財源 PAPER 13
制度設計・財源 / 先進国(主に米国) / レビュー / 2019

米国と先進国のユニバーサル・ベーシックインカム

原題:Universal Basic Income in the US and Advanced Countries

種別
論文・研究資料
発表年
2019
地域
先進国(主に米国)
手法
レビュー
出典
Annual Review of Economics, 11, pp.929–958(2019年)
この論文の要点
01

十分なUBIは米国で年3兆ドル規模

02

既存給付の置換は最貧層に不利

03

小規模実験では財源効果を測れない

研究の背景

先進国のUBI論には、技術進歩による雇用喪失への備え、賃金停滞と格差への対応、複雑で捕捉率の低い社会保障の簡素化、受給に伴うスティグマの除去など、異なる目的が混在している。目的が違えば必要な給付額、既存制度との関係、評価すべき効果も違う。

途上国と異なり、先進国には不完全ながら既存の社会保障がある。したがってUBIの評価は「現金を配るか」だけでなく、誰が現在の給付を失い、誰が新たに受け取り、何の税で賄うかまで含める必要がある。著者らは米国制度を具体例に、この比較枠組みを提示した。

方法と対象

これは新しい実験の効果推定ではなく、制度比較、2017年Current Population Survey(CPS)による分配分析、行政統計による費用計算、既存研究のレビューを組み合わせた論文である。

著者らは「標準的なUBI」を次の三条件で定義する。

  1. 他の所得がなくても生活できる程度の十分な現金給付
  2. 稼得所得が増えても減額されないか、緩やかにしか減額されない
  3. 単親、障害者など特定カテゴリーに限らず、人口の大部分が対象

制度比較には、無所得時の保証額、就労所得への補助率、最大給付、減額開始点、減額率、年齢・家族構成などの資格条件という六つのパラメータを使う。この枠組みで、福祉給付、EITC、障害給付、社会保障年金、児童手当、負の所得税、UBIを同じ図式に置く。

分配分析では2017年CPSの2016年所得・給付データを用い、TANF・SNAP、SSI・SSDI、社会保障年金、EITC・児童税額控除を集計した。世帯規模はOECD等価尺度で調整し、子ども、62歳以上、障害者の有無で世帯を分類する。医療給付はこの個票分析から除くが、総費用の比較にはMedicareとMedicaidを含める。

結果

標準的なUBIの費用

18歳以上の全居住者252.1百万人に年12,000ドルを支払う標準案は、年3.025兆ドルかかる。2017年の連邦歳出全体の約75%に相当し、当時の連邦税収をほぼ倍増させる規模である。

対象を18〜64歳に絞っても年2.414兆ドル、所得中央値付近から減額し受給者を成人の約半数にしても1.512兆ドルになる。比較対象として、論文が集計した既存移転の総額は2.340兆ドル、医療を除くと1.268兆ドル、さらに社会保障年金も除くと5880億ドルである。

Medicare、Medicaid、社会保障年金を維持し、それ以外の所得移転を廃止しても、標準UBI費用の約5分の1しか賄えない。特に医療保険は一律現金で容易に代替できず、平均的な高齢世帯は社会保障年金17,400ドルに加え、Medicare・Medicaidから保険数理上12,900ドル相当を得ていると著者らは計算する。

既存制度を置き換えると誰が得失するか

現行の非医療給付は、子ども、高齢者、障害者、低所得者に集中する。等価世帯員一人当たり平均は、高齢者世帯12,600ドル、障害者世帯8,000ドル、子どものいる非高齢・非障害世帯2,200ドル、子どものいない非高齢・非障害世帯500ドルだった。

そのため、既存制度と同じ予算を一律に配り直すと、主に次の移転が起こる。

  • 高齢者・障害者から、それ以外の成人へ
  • 子どものいる世帯から、子どものいない世帯へ
  • 所得分布の下部から中間層へ
  • 低所得就業者から無所得者へ

追加財源を伴う寛大なUBIなら低所得層への絶対額を増やせる。しかし、既存の反貧困給付を同額予算のUBIで置き換える案は、最も困窮する世帯への給付を薄めるため、著者らは逆進的だと結論する。

労働供給について既に分かっていること

完全な標準UBIを大規模に導入した先進国はないため、著者らは類似制度と労働供給研究を組み合わせる。

  • アラスカ恒久基金と東部チェロキーの配当は雇用率を下げなかったが、生活費を賄うには小さい
  • 1970年代の負の所得税実験では、代替弾力性はおおむね0.1〜0.2、所得弾力性は約−0.1だった。実験が短いため恒久制度より反応を大きく見積もる可能性がある
  • ManitobaのMincomeでは労働供給の推定値は負だが小さく、統計的に有意ではなかった
  • EITCは単親女性の就業参加を増やし、給付1,000ドル増は大学卒未満の単親女性の就業を7.4ポイント増やした研究がある。ただし、これは働くほど給付が増える制度でUBIとは方向が違う
  • 労働供給研究の平均的な所得弾力性は男性−0.05、既婚女性−0.20程度と整理される

著者らの単純計算では、一人年12,000ドルの減額なしUBIは平均所得を単身成人世帯で33%、夫婦世帯で25%増やす。所得弾力性を−0.05〜−0.10とすると、労働時間は1.6〜3.3%減る。所得分布の50〜75パーセンタイルで減額する案は、代替効果も含め総労働供給を約3%下げると試算する。これは実測した政策効果ではなく、既存弾力性を外挿した較正である。

パイロットが答えにくい問い

短期の小規模実験は、受給者本人の労働供給、健康、生活満足度を測れる。一方、著者らが重要とする次の問いには答えにくい。

  • 恒久給付が教育、訓練、起業、リスク選択を通じて生む長期効果
  • 全国民が受け取ることでスティグマや社会的包摂が変わる効果
  • 地域需要、賃金、物価などの一般均衡効果
  • 給付を賄う増税や既存制度削減の効果
  • 大きな給付の反応が小さな給付の比例外挿で捉えられるか

当時のY Combinator、Stockton、フィンランド、Ontarioの各実験は、対象が限定され、短期で、既存給付への上乗せに近い。従って、既存の負の所得税実験で比較的よく分かっている短期の所得効果を再測定する一方、上記の主要な未解決問題にはほとんど光を当てない、と著者らは評価する。

日本に当てはめるときの注意

最大の障害は、費用・分配の数値が米国の人口構成、税制、民間医療を含む社会保障制度、2016〜2017年価格に基づくことである。3兆ドルという値を円換算して日本の費用とみなすことはできない。

  • 日本では公的医療保険、年金、生活保護、児童手当、雇用保険の対象と現物給付を別々に積み上げる必要がある
  • 個人単位の一律額は単身・夫婦・子育て世帯で必要額が異なり、世帯単位にすると結婚へのペナルティが生じ得る
  • 「既存給付を廃止して財源化する案」と「既存給付へ上乗せする案」を分けて示す必要がある
  • 税制を含めない給付実験だけでは、全国制度の就労・分配効果を評価できない
  • 米国より日本の現行制度がどの層へ厚く配分されているかを先に可視化することが、UBIとの公正な比較になる
  • 論文は2019年時点のレビューであり、その後に公表された各実験の結果は含まない