UBI研究機構 資料データベース / 制度設計・財源 PAPER 50
制度設計・財源 / フィンランド、フランス、イタリア、英国 / 制度分析・静学的マイクロシミュレーション / 2017

既存給付を基礎所得へ置き換えると何が起きるか — 欧州4か国比較

原題:Mechanics of Replacing Benefit Systems with a Basic Income: Comparative Results from a Microsimulation Approach

種別
論文・研究資料
発表年
2017
地域
フィンランド、フランス、イタリア、英国
手法
制度分析・静学的マイクロシミュレーション
出典
The Journal of Economic Inequality, 15(4), pp.325–344(2017年)
この論文の要点
01

財政中立でも大幅な増税が必要だった

02

貧困層内で受益者と損失者が入れ替わった

03

既存給付の残し方が結果を大きく左右した

研究の背景

基礎所得は取りこぼしをなくし、条件や世帯構成に依存しない支援を提供できる。一方、意味のある額を全員に払うには、既存給付の削減と増税が必要になる。単純な「給付額×人口」では、国ごとの社会保険、最低所得保障、税控除、給付の未受給を反映できない。本研究は制度の異なる欧州4か国を同じ設計で比較し、既存制度を基礎所得へ置き換える直接的な財政・分配効果を分解した。

方法と対象

EUROMODの代表的家計ミクロデータと2015年の税・給付ルールを使った静学的シミュレーションである。フィンランド、フランス、イタリア、英国について、法定退職年齢未満の全居住者へ個人単位の課税対象BIを払い、次を置き換えた。

  • 失業給付、一般的最低所得保障、就労給付、早期退職年金、学生生活費給付、家族給付の大部分
  • 所得税の基礎控除またはゼロ税率帯

障害に伴う上乗せ給付は減らさず、家賃住宅向け給付はBIを所得審査に含めた上で残した。高齢者所得、医療・教育・介護などの現物サービスも維持した。成人BIは各国の単身最低所得保障を起点とし、最終的に既存給付と税控除の合計費用に一致するよう上下させた。既存の一部給付の未受給もEUROMODで把握できる範囲で反映した。

これは行動反応を入れない会計的反実仮想であり、雇用、賃金、消費、家族形成が変わらないと仮定する。労働インセンティブは代表世帯の就業参加税率を別モデルで計算しただけで、実際の就業効果を推定していない。

結果

財政中立のBIは貧困線を大きく下回った

国成人月額子ども月額単身貧困線最低所得保障との比較
フィンランド527ユーロ316ユーロ1,074ユーロ9%高い
フランス456ユーロ100ユーロ909ユーロ2%低い
イタリア158ユーロ158ユーロ737ユーロ97%高い
英国230ポンド189ポンド702ポンド28%低い

いずれも2015年価格の税引後月額で、貧困線は等価可処分所得中央値の50%である。イタリアは当時全国的最低所得保障がなかったため2016年導入制度を参照しており、絶対額は低い。

「財政中立」でも税収の大幅増を伴った

基礎控除を廃止しBIを課税するため、追加税収はフィンランドでGDPの10.2%、英国6.1%、フランス5.6%、イタリア2.0%に相当した。粗BI支出に占める増収寄与はフィンランド60%、英国68%、フランス51%、イタリア28%で、残りは既存給付削減などで賄う。

これは政府収支の総額が変わらないという意味であり、税負担と給付総額が小さいままという意味ではない。多くの家計が大きく得るか大きく失い、受給中の社会保険や早期退職給付がBIを上回る人、とくに55〜64歳に損失が集中した。

貧困者の顔ぶれが大きく入れ替わった

貧困線をまたぐ人口割合は次の通りだった。

国貧困から脱出新たに貧困へ既存制度で貧困かつBI後も貧困
フィンランド2%3%5%
フランス2%5%4%
イタリア4%4%9%
英国2%7%8%

フィンランドとフランスでは既存制度が低所得者を比較的広く覆うため、未受給者への新規支援が既存受給者の損失を上回らず、貧困率は下がらなかった。イタリアの総貧困率はほぼ不変、BIが最低所得保障を28%下回る英国では大きく上がった。

ジニ係数はフランス28.3から27.8、英国32.0から31.8、イタリア32.5から32.2へ下がったが、フィンランドは24.1から24.3へわずかに上がった。平均的な不平等が下がっても、現在の貧困者全員が守られるわけではない。

労働インセンティブは世帯内の稼ぎ手で逆方向だった

フィンランド、フランス、英国では、夫婦の第1稼得者が就業する際の参加税率は、多くの例で4〜26ポイント低下した。一方、第2稼得者は概ね10〜20ポイント上昇した。イタリアでは既存の所得審査給付が少なく基礎控除廃止の影響が強いため、ほとんどの例で参加税率が上昇した。

これは代表世帯の予算制約であり、就業が実際に増減するという結果ではない。著者らも、所得効果と税負担、個人差を含む純行動効果は別の分析が必要としている。

日本に当てはめるときの注意

最大の障害は、2015年欧州制度を固定した静学シミュレーションで、行動反応も日本の社会保険構造も入っていないことである。

  • 結果は「普遍給付を足す」案ではなく、失業・家族・早期退職給付の大部分と税控除を置換する特定案に依存する。残す給付を変えれば結果も大きく変わる
  • 障害・住宅給付と高齢者所得を保護した設計で、完全にすべての給付を一本化したわけではない
  • 2012年家計データを2015年へ補正し、現在の物価、税制、給付、人口構成には古い
  • 未受給は把握できる制度だけを補正しており、BIの受給率をほぼ100%とする仮定との差がある
  • 労働供給、賃金交渉、物価、移住、家族形成、景気安定化、行政費用の変化を内生化していない
  • 日本では国民年金・厚生年金、医療・介護保険、生活保護、配偶者控除、児童手当をどう扱うかが決定的で、4か国の金額を移植できない
  • EUROMODの開発はEU雇用・社会イノベーション計画の支援を受けた。著者の見解はOECD・加盟国を代表しないと明記し、データ提供機関は分析・解釈に責任を負わない。独立した利益相反申告欄はない
  • 公開PDFはIZA Discussion Paper版で、書誌は同年の査読掲載版である