研究の背景
児童手当は現在の子育て費用に使われることも、教育費や将来の支出に備えて貯蓄されることもある。本研究はライフサイクル・恒常所得モデルから、受給済み給付と将来受け取る給付が現在の金融資産にどう現れるかを導き、日本の長期データで検証した。
モデルでは、給付期間が一生より短ければ家計は給付を各年へ平準化する。受給済み給付の未消費分は現在資産を増やす一方、将来の給付を見込む家計は現在から消費するため資産を減らす。受給済み給付の貯蓄性向と、将来給付に対する消費性向の和が1になるという制約も検証できる。
方法と対象
1981〜2010年の家計調査・貯蓄動向調査を用いた。夫婦と未婚の同居子からなる核家族に限定し、世帯主が60歳未満、最年長の子どもが13歳以下の22,543世帯を主要標本とした。平均世帯主年齢は34.9歳、年収は425.9万円、金融資産は434.5万円だった。
日本の児童手当は1972年の導入後、対象となる出生順位、年齢上限、月額、所得制限が繰り返し変更された。子どもの年齢と調査時点の制度から、各世帯が過去に受け取った給付の累計額と、将来受け取る給付の現在価値を推計した。
金融資産を目的変数にし、受給済み給付と将来給付、世帯主年齢、家族人数、各年齢の子ども数、調査年・月、持ち家を説明変数とするOLSを推定した。識別は、同じ子どもの年齢・調査時点でも制度改正により生じる給付履歴の差に依存する。所得を年齢・年ごとに順位付けし、上位・下位標本で流動性制約による違いも調べた。
結果
受給済み給付は資産を増やし、将来給付は資産を減らした
主要推定では、過去に受け取った児童手当の累計1円につき現在の金融資産が0.68円多かった(標準誤差0.27)。将来給付の現在価値1円につき金融資産は0.50円少なかった(標準誤差0.12)。係数の差は1.18で、モデルが予測する1との差を棄却できなかった(p=0.60)。
ただし0.68は「各回の給付の68%を直ちに貯蓄した」という直接観測ではない。制度履歴から推計した累積給付と、調査時点の資産残高との横断的な関係である。
増加は主に換金しにくい資産に現れた
資産分類別では、受給済み給付1円に対し定期預金0.26円、生命保険0.38円、株式0.12円の正の関連があった。一方、流動性の高い普通預金等は0.22円少なかった。将来給付は定期預金-0.23円、生命保険-0.30円などと関連した。家計が子どもの将来向けに、利回りが高く換金しにくい資産へ振り替えた可能性と整合するが、資産移動の経路を直接追跡したものではない。
所得層で反応が異なった
所得中央値より上の世帯では、受給済み給付の係数は1.06で、ほぼ全額が資産として残るというモデルと整合した。中央値より下では係数は-0.30でゼロと有意に異ならず、給付を当期消費に回した可能性と整合する。
ただし低所得層でも将来給付の係数は-0.57と有意で、流動性制約世帯なら将来給付は現在資産を変えないという単純モデルの予測には反した。著者は所得不確実性や借入行動を含むモデルなら説明できる可能性を挙げるが、本研究では検証していない。
日本に当てはめるときの注意
最大の障害は、無作為化や明確な回帰不連続ではなく、制度改正と世帯間差を使ったOLSであるため、係数を純粋な因果効果と断定できないことである。
- 子どもの人数と出生時期を外生と仮定するが、児童手当は出生選択を変え得る。将来の出産による追加給付も計算していない
- 現在所得が所得制限を超える世帯は過去も給付ゼロ、下回る世帯は過去も受給したと仮定しており、実際の所得履歴とのずれがある
- 別居した子どもを把握できないため最年長児13歳以下に限定し、核家族と60歳未満世帯主だけを分析した
- 「流動性制約」は資産や借入可能性の直接測定ではなく、年齢・年内の所得順位による代理指標である
- 2010年以前の制度と資産形成を扱い、現在の給付額、教育費、雇用環境、金融行動への外挿には再検証が必要である
- 統計局の個票利用許可を得ており、見解は財務省を代表しないと明記した。公開稿には独立した利益相反申告がない
- 公開PDFは2014年の財務総合政策研究所Discussion Paper版で、書誌情報は2015年の査読掲載版である
