研究の背景
自動化やグローバル化で仕事の総数や技能構成が変わると、複雑な所得審査・対象別給付は、所得変動への対応や職業移動を妨げる可能性がある。他方、UBIや負の所得税は単純で普遍的だが、財政負担と労働インセンティブが問題になる。本研究は、現行の税・給付制度を普遍的なルールへ全面的に置き換えたとき、労働市場の需給と政府収支を満たしながら社会厚生を高められるかを4か国で比較した。
方法と対象
2015年EU-SILCを基にしたEUROMOD入力データを使い、フランス、ドイツ、イタリア、ルクセンブルクの18〜55歳で、退職者・障害者を除く世帯を分析した。夫婦には49、単身者には7通りの労働時間選択肢を設定し、ランダム効用・ランダム就業機会(RURO)モデルで就業選択を推定した。夫婦標本は順に3,996、4,107、3,845、1,315世帯だった。
候補となる税・給付制度では、世帯可処分所得を課税所得の4次多項式として表した。定数項は世帯人数の平方根で調整した普遍給付、1次項は所得の手取り率、高次項は限界税率の曲がり方を表す。定数項が正で高次項がほぼゼロなら、制度はUBIまたは負の所得税と、ほぼ一律の限界税率の組み合わせになる。最適制度は現行制度に上乗せするのではなく、現行の税・給付ルールを全面的に置き換える。
世帯の効用を金銭換算し、その平均からKolm不平等指数を引いた社会厚生を最大化した。不平等回避度は主分析でk=0.075とした。政府収支を現行と同じにする財政中立制約と、希望就業者数が利用可能な仕事数を超えない労働市場均衡制約を課した。
比較した労働需要は次の3つである。
| シナリオ | 外生的な労働需要変化 |
|---|---|
| 現状経済 | 観察された仕事数と技能構成 |
| 雇用喪失経済 | 全技能で仕事が10%減少 |
| 二極化経済 | 低技能の仕事が10%減り、高技能が10%増加 |
代替シナリオでは長期労働需要の賃金弾力性を4と置いた。ロボット導入率を観察して推定したものではなく、自動化を模した様式的な需要ショックである。
結果
現状経済では4か国すべてで社会厚生が上がった
| 国 | 現行制度の厚生 | 最適制度の厚生 | 最適制度で得をする世帯 |
|---|---|---|---|
| フランス | 9,184 | 9,276 | 55% |
| ドイツ | 18,226 | 18,236 | 56% |
| イタリア | 9,001 | 9,070 | 58% |
| ルクセンブルク | 5,922 | 5,968 | 65% |
厚生の改善幅は金銭換算値で小さく、フランス+92、ドイツ+10、イタリア+69、ルクセンブルク+46だった。半数近くの世帯が損をする国もあり、「平均的厚生の上昇」は全員の改善を意味しない。
フランス、ドイツ、イタリアの最適制度は高次項がほぼゼロとなり、UBIまたは負の所得税とほぼフラットな税率に近づいた。現状経済での普遍給付の基礎額と概算限界税率は、フランス269ユーロ・15%、ドイツ643ユーロ・36%、イタリア312ユーロ・37%だった。給付は世帯人数の平方根で調整されるため、完全な個人一律給付ではない。
ルクセンブルクは給付の基礎額が1,533ユーロ、1次項から見た限界税率が70%で、高次項も現行制度に近く残った。もともと大きな移転財源を持つ国では、対象別制度が普遍ルールより有利になり得ると著者らは解釈した。
自動化ショック下ではルクセンブルクが例外になった
| 国 | 雇用喪失:現行→最適 | 二極化:現行→最適 |
|---|---|---|
| フランス | 9,120→9,153 | 9,184→9,406 |
| ドイツ | 18,222→18,226 | 18,226→18,234 |
| イタリア | 8,955→8,961 | 9,044→9,115 |
| ルクセンブルク | 5,851→5,826 | 6,522→5,863 |
フランス、ドイツ、イタリアでは両ショック下でも再最適化した普遍制度の厚生が現行制度を上回った。ルクセンブルクでは反対に、雇用喪失でも二極化でも現行制度を維持した方が高かった。とくに二極化シナリオの差は大きい。
貧困は一律に改善しなかった
現状経済で最適制度に変えると、貧困ギャップはドイツで6.24%から5.28%、イタリアで18.91%から11.07%、ルクセンブルクで4.42%から0.99%へ低下した。一方、フランスでは3.76%から5.13%へ悪化した。フランスの雇用喪失シナリオでも3.99%から6.41%へ悪化した。
最適制度は就業率や平均所得を高める場合が多かったが、不平等指数は小幅に上がるケースもあった。社会厚生の改善は主に効率性の上昇から生じており、貧困や分配の全指標が良くなる制度ではない。
著者らは、所得審査・対象別制度の行政費用は普遍制度より高いと論じるが、その費用は社会厚生指標に入れていない。したがって表の優劣は、行政簡素化の利益を定量化した結果ではない。
日本に当てはめるときの注意
最大の障害は、ロボット導入の実測データではなく、仕事を一律10%増減させた仮想シナリオと2015年欧州制度に基づく最適化であることである。
- 生成AIが職種別の仕事、賃金、生産性をどれだけ変えるかを推定しておらず、10%という規模も仮定である
- 対象は18〜55歳の非退職・非障害世帯で、高齢者、障害給付、年金、介護を含む日本の制度全体を代表しない
- UBI型制度は現行給付への上乗せではなく全面置換で、財政中立となるよう税率を同時変更する
- 社会厚生順位はKolm型の不平等回避度、労働需要弾力性、世帯効用モデル、完全な長期均衡という仮定に依存する
- 最適制度でもフランスの貧困ギャップは悪化し、ルクセンブルクの自動化シナリオでは現行制度に負けた。普遍制度の一般的優位を示していない
- 夫婦の共同課税を個人課税に変える感度分析では結論が大きく変わらなかったが、詳細な結果は掲載されていない
- 2015年以降の税制、物価、就業構造を反映せず、金額を現在の日本へ換算できない
- Ugo ColombinoはLISERから資金・組織面の支援を受けた。IZAは掲載論文を暫定研究と位置づけ、独立した利益相反申告欄はない
- 査読前のIZA Discussion Paperであり、SSRN版は2025年5月に改訂された記録があるが、ここでは公式IZA公開版を要約した
