研究の背景
UBIへの反対論では、条件のない給付が就労を大きく減らし、浪費を増やすという懸念が繰り返される。しかし当時、先進国で全国的・恒久的なUBIを直接評価した研究はなかった。本稿はUBIの要素を部分的に持つ制度を集め、消費、就業、教育、健康、犯罪、家族形成への影響を整理したレビューである。
方法と対象
中心となるのは、米国の負の所得税実験、アラスカ恒久基金配当、東部チェロキー族のカジノ配当、米国の宝くじ当選者である。補足的にカナダのMINCOMEと途上国の現金給付レビューも扱う。
| 証拠 | 主な性質 | UBIとの違い |
|---|---|---|
| 米国の負の所得税実験 | 約1,200〜4,800世帯、所得に応じ給付を減額 | 所得審査と高い給付逓減率がある |
| アラスカ配当 | 州民へ毎年一律給付 | 普遍的・継続的だが生活費を代替する額ではない |
| チェロキー配当 | 成人部族員へ年約4,000ドル | 対象は部族員、財源はカジノ利益 |
| 宝くじ | 長期分割払いの当選者 | 自選的な購入者への偶発所得 |
各研究は対象、給付額、期間、比較方法が異なり、統一的なメタ分析ではない。NBER版は査読前のレビューである。
結果
労働供給の減少は限定的だった
米国の負の所得税実験では、夫の年間労働減少はおおむね約2週間、若者では約4週間に相当した。研究間の違いをまとめると、給付による所得が10%増えると労働供給は約1%減るという規模だった。Seattle–Denver実験では就業率が約4ポイント、長期追跡で雇用が4.6%、年間所得が7.4%低い推定もある。
一方、アラスカでは人口当たり雇用への有意な影響はなく、パートタイム就業が1.8ポイント増えた。チェロキー配当でも親の労働供給に明確な変化はなかった。レビュー全体では「働かなくなる」という大幅な反応は支持されないが、効果が完全にゼロとも断定していない。
教育・健康・社会的成果には改善例があった
負の所得税実験の一部で在学継続や高校卒業が改善した。チェロキー研究では、特に当初貧しかった世帯で教育年数が約1年増え、精神症状、薬物・アルコール問題、犯罪が減った。カナダMINCOMEでは入院が8.5%減ったとする研究を紹介する。ただし、これらは異なる介入と推定法による結果であり、一つの平均効果ではない。
現金が浪費されたという証拠は乏しかった
アラスカ配当の支給月には非耐久財・サービス消費が増えた。チェロキーでは薬物・アルコール問題がむしろ減った。途上国研究を含めても、嗜好品への大幅な支出増を中心結果とする証拠は乏しい。
日本に当てはめるときの注意
最大の障害は、レビューに全国・恒久・生活保障水準のUBIそのものを評価した研究が一つもないことである。財源課税まで含む制度効果は直接分からない。
- 負の所得税は給付逓減による代替効果を含み、一律給付とは就労誘因が違う
- アラスカなどは額が小さく、日本の最低生活費を置き換えるUBIへの外挿はできない
- 労働、健康、教育の数字は研究設計の異なる事例を並べたもので、統合推定値ではない
- 研究対象には宝くじ購入者や特定部族など、一般人口と異なる集団が含まれる
- Roosevelt Instituteが資金提供した。著者は推進団体から研究費を受けたレビューである点と、NBER版が未査読である点を考慮する必要がある
