研究の背景
所得捕捉が弱い途上国では、税記録で貧困層を特定できず、資産などから所得を予測する代理資力調査が使われる。そこには非貧困層を含める「包摂誤り」と、貧困層を落とす「排除誤り」が生じる。UBIは排除誤りと申請負担をなくせるが、固定予算では一人当たり給付が小さくなる。
論文はUBIを税と切り離された無料の追加資金ではなく、財源を含む税・移転体系として捉える。そのうえで、インドネシアとペルーの実データを使い、普遍化と対象化の厚生上のトレードオフを数量化した。
方法と対象
インドネシアのSUSENAS 263,705世帯と、ペルーのENAHO 46,305世帯を用いた。各標本を訓練用と検証用に分け、実際の代理資力調査に近い資産・住宅変数、インドネシア82項目、ペルー72項目から消費を予測した。
インドネシアでは貧困線の1.5倍未満、ペルーでは貧困線未満を本来の対象とし、資格閾値を動かして包摂・排除誤りを計算した。年間予算は当時のBLT約18.3億ドル、Juntos約2.74億ドルに固定し、受給範囲が広がるほど一世帯当たり給付を減らすシミュレーションである。
厚生比較には所得の限界効用が低所得ほど大きいCRRA効用を用いる。これは実験による因果効果ではなく、データ、予算制約、効用関数の仮定に基づく制度シミュレーションである。
結果
排除を減らすほど包摂が増えた
両国で本来の貧困層の80%へ給付する、すなわち排除誤りを20%に抑えるには、22〜31%の包摂誤りを受け入れる必要があった。UBIなら排除誤りはゼロになるが、貧困線より上の多数にも同額を配るため包摂誤りは最大になる。
行政費削減は給付額をほとんど変えなかった
対象者名簿の更新・運営費は総移転予算に対し、インドネシア約0.8%、ペルー約1.7%だった。普遍化でこの費用を全額節約しても、一人当たり給付の増加は小さい。したがってこの2例では、UBIの財政上の主な問題は行政費ではなく、受給者数を大幅に増やすことだった。
仮定した厚生関数では狭い対象化が優位だった
固定予算とCRRA効用の下で、厚生最大となる対象範囲はインドネシア約19%、ペルー約18%だった。対応する包摂誤りは7.4%と6.4%で、排除誤りは大きく残る。それでも最貧層への一人当たり給付を厚くできるため、シミュレーション上はUBIより厚生が高かった。
ただし結論は、排除された貧困層の損失、同所得者を異なる扱いにする水平的不公平、給付対象拡大による政治的支持と予算増、申請負担、汚職、就労への暗黙税率をどう重く見るかで変わる。著者は地域住民による選定や自己選別、条件付き給付も代替手段として論じている。
UBIにも労働税の歪みは残る
UBIを国内税で賄えば、誰かの限界税率を上げる必要がある。特に大半が所得税網外にいる国では、貧困層から中間層まで同じ純給付になり、少数の課税対象や消費税への負担が集中する。「無条件だから就労を歪めない」とは限らない。
日本に当てはめるときの注意
最大の障害は、日本では所得・住民・課税情報の捕捉能力が高く、論文が想定する大規模なインフォーマル部門と税網外人口がそのまま当てはまらないことである。
- 数値は2010年代のインドネシア・ペルーの予算、貧困線、調査データに依存する
- 厚生最大化の結果は固定予算とCRRA効用の仮定であり、観察された政策効果ではない
- 申請負担、誤給付への不信、スティグマ、政治的支持を数値化すると順位が変わり得る
- 日本ではマイナンバーや税・社会保険情報を使った給付付き税額控除との比較が重要になる
- UBIの費用は総支給額でなく、税による回収を含む純再分配と限界税率で評価すべきだという枠組みは日本にも有効である
- 論文に特定の利益相反の申告は見当たらない。著者らはインドネシア政府との対象選別実験にも関与している
