研究の背景
所得格差が子どもの健康・教育の格差に転化し、成人期への移行を通じて持続するという研究の蓄積がある。その一因として、低所得家庭が時間・金銭・現物の投資を高所得家庭と同水準で行えないことが指摘されてきた。米国の連邦・州の貧困対策の多くはこの論理に基づいている。現金給付がこの経路を断てるかが問われている。
方法と対象
実験設計はORUS共通(21〜40歳、世帯所得が連邦貧困線300%以下の3,000人。1,000人に月1,000ドル、2,000人に月50ドルを3年間)。参加者の約57%に同居する子どもがいる。
測定対象は、親の子ども向け支出と養育行動、子どもの社会性・行動・教育成果(学校の行政記録を含む)、家庭環境、子どもの食料安全保障、ホームレス経験、近隣環境の質、そして妊娠・出産・避妊。
結果
- 給付群の親は子どもへの月々の支出を増やし、見守りを密にするなど養育行動の改善を報告
- ただし、まさにその監視の緊密化ゆえか、給付群の親は子どもの発達上の困難やストレスがより多いとも報告している
- ベースライン所得が最も低い層で養育の改善が最も大きく、この層では保育の利用と質も向上した
- 学校の行政記録による教育成果には効果なし
- 家庭環境の特性、子どもの食料安全保障、ホームレス経験、親の満足度にも効果なし
- 給付群は転居が多かったが、近隣環境の質の指標はおおむね変化なし。ただし保育所など子ども向け施設への近接性は向上
- 出産・妊娠・避妊関連の結果に影響なし
- 親のストレスと精神的苦痛は1年目に低下したが短命で、2年目には消失
日本に当てはめるときの注意
「養育行動は改善したが子の成果は動かない」という結果は、3年間・平均年齢30歳の親という条件下のもの。子どもの発達成果は長期の追跡でしか捉えられないため、null結果を「効果がない」と読むのは早計。
そのほか:
- 米国の学校行政記録に基づく教育指標は日本の学力・進学構造と対応せず、指標そのものの互換性に注意が必要
- 「監視が密になった結果、親が子の困難をより多く報告した」という解釈は、指標が親の自己申告であることに由来する。日本で同種の調査をする場合も同じ測定問題が生じる
- 保育の利用増は米国の保育市場(高価・私的供給中心)を前提としており、認可保育制度のある日本では経路が異なる
- 出生率への効果がなかった点は、少子化対策として現金給付を論じる日本の文脈で参照価値が高い。ただし3年の期限つき給付である点は要注意
