研究の背景
無条件現金給付は現物給付や条件つき給付と使われ方が異なりうるが、高所得国での証拠が乏しかった。従来研究は税還付や景気刺激給付など小額ショックが中心で、額が小さいため転居のような「消費コミットメントの変更」を伴う使い道は起こりにくく、家計の意思決定について分かることに限界があった。宝くじ研究は額こそ大きいが、消費を直接観測せず資産収益から推計するものが多く、また宝くじを買う層の選択バイアスもある。
方法と対象
実験設計はORUS共通(21〜40歳、世帯所得が連邦貧困線300%以下の3,000人。1,000人に月1,000ドル、2,000人に月50ドルを3年間)。
消費者支出調査(CEX)に準じた構成の詳細な支出調査と、Experianの信用情報を個人単位で接続。対照群の支出額はCEXの同属性層とほぼ一致しており、測定精度の裏づけがある。ベースラインの世帯純資産中央値はほぼゼロ、金融資産中央値は約800ドル。
結果
支出
- 支出は月最低310ドル増加し、ほぼ全カテゴリで増加
- 金額が大きいのは食費(月67ドル増)、家賃(52ドル増)、自動車関連(30ドル増)
- 増加率が最大なのは家族・友人・慈善への贈与や貸付(約26%増、ただし金額は月22ドル)
- 酒・たばこ・薬物・ギャンブルなど「悪徳財」への支出増は月13ドル程度で、移転額の1%強にすぎない
- 月次支出の変動(対数の標準偏差)は0.14低下し、生活の安定性が増した
- 転居は4.1ポイント、居住地区(センサストラクト)の変更は4.4ポイント増加
バランスシート
- 金融資産は1,000〜2,300ドル程度しか増えず、債務も増えたため純資産は約1,000ドル減
- 信用限度額、延滞、破産、差押えには変化なし。信用スコアは6ポイント上昇(有意だが小幅)
- 自己申告の財務健全度は最初の2年で有意に改善したが、3年目には対照群との差が消えた
配分
給付1ドルあたり、支出33セント、余暇(労働所得の減少)29セント、純資産-3セント、残り約40セントが未計測。過少申告を調整した限界消費性向は0.56〜0.74。
日本に当てはめるときの注意
「純資産が増えない」という結果は3年という期限に強く依存している。著者は、長期的な資産形成や財務改善を目的とするなら、より恒久的な給付か別の政策手段を検討すべきだと結論づけている。
そのほか:
- 米国の低所得層はベースラインで純資産中央値がほぼゼロ、貯蓄中央値1,000ドル未満と極端に薄い。日本の低所得層の資産分布・住宅保有構造は異なる
- 家賃と自動車費が支出増の中心という点は、公共交通が発達した日本の都市部では再現しにくい
- 「悪徳財への支出はほとんど増えない」という結果は、BI批判への反論として日本でも使いやすい部分。ただし米国の消費文化を前提とした調査項目である点は留意
