研究の背景
資力調査つきの給付は就労インセンティブを歪めるため、無条件給付への関心が高まった。しかし無条件であっても、所得効果を通じて労働供給が減る可能性がある。一方で、流動性制約が緩めば起業や人的資本投資、より時間をかけた職探しによる良質なマッチングにつながる可能性もある。従来研究は宝くじ当選者を対象としたものが中心で、標本が小さいか、米国とは大きく異なる政策環境のものが多かった。
方法と対象
イリノイ州北部9郡とテキサス州北中部10郡(シカゴ・ダラス圏+郊外・中規模都市・農村)で、2019年の世帯所得が連邦貧困線の300%以下、年齢21〜40歳の3,000人を登録。2020年10月に1,000人を月1,000ドル群、2,000人を月50ドル群(対照群)にランダム割り当てし、2020年11月〜2023年10月の3年間給付した。給付額は世帯所得の約40%増に相当する。
両州の雇用保険(UI)行政記録、対面・電話による中間/最終調査、毎月のウェブ調査、専用スマホアプリによる24時間タイムダイアリーを統合。分析は事前登録され、後年のデータほど重く加重する設計。回答率は中間調査97%、最終調査96%と極めて高い。
結果
- 給付金を除く個人所得は年約1,800ドル減、労働参加率は4.1ポイント低下、労働時間は週1〜2時間減少
- 同居パートナーもほぼ同程度に労働時間を減らした(世帯単位の労働供給減はより大きい)
- 増えた時間の使い道で最大だったのは余暇。育児・運動・求職・自己研鑽といった項目では小さな変化すら棄却できる
- 職の質は詳細に測定したにもかかわらず一切改善が見られず、0.022標準偏差の改善すら棄却できる。時給の上昇も58セント以上は棄却される
- 起業意欲とリスク許容度は有意に上昇したが、実際の起業はほぼゼロ
- 学位取得にも有意な効果はない(若年層では点推定値がやや大きいが有意でない)
- 主観的幸福度は1年目に上昇したが、2〜3年目には対照群水準へ戻った
- 公的資金の限界価値(MVPF)は1近く。給付が非課税で限界税率も低いため、税収減は移転1ドルあたり約4セントにとどまる
日本に当てはめるときの注意
「労働供給が減る」という結果を短絡的に日本へ移すのは危険。著者自身が、米国の既存の大規模給付はほぼすべて資力調査つきであり、そちらは本研究が測った所得効果に加えて就労抑制の設計要因が上乗せされていると指摘している。日本の生活保護も資力調査型なので、比較すべきは「日本の現行制度 vs BI」であって「無給付 vs BI」ではない。
そのほか:
- 対象が21〜40歳に限定されており、高齢化率の高い日本にそのまま外挿できない
- 3年の期限つき給付であり、恒久的BIとは行動が変わる可能性がある(実際、終了が近づくと求職行動が増えている)
- 就業率の減少は主に「主たる仕事を離れる」ことで生じており、米国の低賃金職の労働時間の硬直性が背景にある。日本の労働市場の柔軟性は異なる
