研究の背景
所得保障は再分配を強める一方、給付逓減率が労働を抑える可能性がある。従来の最適課税論は主に労働時間の調整を扱ったが、低所得層では働くか働かないかという参加反応も重要である。本稿は二つの反応を同じモデルに入れ、負の所得税と勤労所得税額控除のどちらが望ましいかを示す。
方法と対象
政府は所得分布と必要財源を所与として社会厚生を最大化する。個人は、非就業、就業参加、就業中の所得水準を選ぶ。労働時間・強度の「集約的反応」と、就業するかの「外延的反応」に別々の弾力性を置く。
数値例は1997年3月の米国CPSから18〜60歳の非学生を17所得階級に分け、成人1人当たり5,000ドルの政府純収入を必要とする設定である。低所得の参加弾力性を0〜1、集約的弾力性を0〜0.5、高所得側を0.25〜0.5などと変え、再分配選好も感度分析した。
結果
反応の場所で制度の形が反転した
集約的反応が中心なら、働かない人にも大きな保証所得を与え、所得増に対して高率で給付を減らす負の所得税型が最適となる。参加反応が中心なら、非就業者への保証を小さくし、低所得就業者へ補助するEITC型が最適となる。後者は就業開始時の手取り増を大きくするためである。
基準例では中程度の保証と急な逓減になった
参加弾力性0.5、低所得の集約的弾力性0.25、高所得側0.25、標準的な再分配選好という例では、保証所得は約7,300ドルだった。最初の約4,000ドルの所得には約10%の税率、その後約4,000〜15,000ドルには約60%、中高所得には約50%の税率となった。
参加弾力性を0にすると保証は約9,900ドル、逓減率は約70%になった。参加弾力性を1にすると保証は約4,500ドルまで下がり、約6,000ドルまで就労補助が生じた。再分配を非常に重視する例では保証約1.2万ドル・逓減率約80%、重視しない例では保証は2,000ドル未満だった。
数値は政策処方ではない
著者はシミュレーションを粗い例示と位置付ける。参加弾力性1の設定では非就業率が15%から3%未満へ下がるなど、観測範囲外で非現実的な反応を生む。主分析は所得効果、世帯内の第二稼得者、失業の履歴効果、動学、企業側反応を十分に扱わない。
日本に当てはめるときの注意
最大の障害は、1997年米国の所得分布と仮定した弾力性から得た理論上の数値であり、日本の最適給付額や税率を推定した研究ではないことである。
- 日本では社会保険料、住民税、扶養、世帯単位の給付が就業参加の段差を作る
- 個人モデルのため、配偶者の就業や世帯内分配を捉えない
- UBIのように給付を所得で減らさず税制側で回収する表現も、純税率が同じなら経済的には類似し得る
- 弾力性の推定誤差で制度形状が大きく変わるため、最新の日本データでの再較正が必要である
- 公開PDFは2000年NBER版、書誌は2002年査読版である。NBER版には研究助成の記載はない
