UBI研究機構 資料データベース / 政治・社会 PAPER 49
政治・社会 / オランダ・ナイメーヘン市 / RCT・2時点パネル回帰・媒介分析 / 2022

福祉の条件を緩めると政府への信頼は高まるか — オランダ・ナイメーヘン実験

原題:How Welfare Policies Can Change Trust – A Social Experiment Assessing the Impact of Social Assistance Policy on Political and Social Trust

種別
論文・研究資料
発表年
2022
地域
オランダ・ナイメーヘン市
手法
RCT・2時点パネル回帰・媒介分析
出典
Basic Income Studies, 17(2), pp.155–187(2022年)
この論文の要点
01

条件緩和で市政府への信頼が小幅に増えた

02

国政・一般他者への信頼には波及しなかった

03

制度満足が市政府への信頼増を一部媒介した

研究の背景

福祉国家の大きさや普遍性と社会的・政治的信頼には関連があるが、制度を経験した個人の信頼が設計によって変わるかは因果的に分かっていなかった。選別的な給付では、受給者が資格や努力を証明させられ、行政との相互不信を生む可能性がある。本研究は、求職義務・監視・制裁を緩め、受給者への信頼と自律性を強調した制度が、市政府、国政府、一般他者への信頼を変えるかを検証した。

制度は所得審査付き社会扶助で、UBIではない。変更したのは再就労義務と支援方法、および就労所得控除の一部である。

方法と対象

ナイメーヘン市の社会扶助受給者約8,000人のうち約6,000人が適格で、情報キャンペーン後に339人が任意参加した。2017年12月または2018年4月に実験へ入り、基礎調査と約1年後の対面調査を比較した。実験自体は2020年1月まで約2年続いたが、終了直前は「信頼を与える処置が取り上げられる」影響と混ざるため、論文は1年時点を主分析にした。

群処置
義務免除求職、提示された仕事の受諾、長距離通勤等の再就労義務と監視を免除。支援は任意利用
コーチング通常の再就労義務を置換し、本人が目標を選ぶ支援と必須グループ面談
対照通常の求職義務、監視、不履行時の制裁

2処置群はいずれも、就労所得を通常の25%ではなく50%、月上限200ユーロまで実験期間中保持できた。したがって「条件緩和だけ」の純粋な比較ではない。

市政府信頼は1〜4、国政信頼は1〜4、一般的社会信頼は0〜10で測り、約1年間の差を回帰した。有効標本は市政府信頼248人(免除94、コーチ74、対照80)、国政230人、社会信頼259人である。基礎時点では各約300人だったため、市政府信頼で57人、国政58人、社会信頼52人が追跡欠測となった。年齢、性別、学歴、出生地、世帯構成と基礎信頼を調整した。

結果

増えたのは実施主体である市政府への信頼だった

信頼群基礎平均1年後平均単純変化調整済み処置係数
市政府義務免除2.983.12+0.14+0.21(p<0.05)
市政府コーチ3.113.26+0.15+0.26(p<0.05)
市政府対照2.922.91−0.01基準

1〜4尺度で約0.2〜0.3ポイントの小幅な増加である。コーチ群の係数が免除群より大きいが、両処置の差が統計的に明確だとは示されていない。

国政信頼と社会信頼には効果がなかった

国政信頼の調整済み係数は免除+0.03、コーチ+0.04で有意でなかった。社会信頼は免除+0.14、コーチ−0.06で、いずれも有意でない。政策を実施した市政府への評価は変わったが、国政や一般他者への信頼へ広く波及した証拠はない。

制度満足による媒介は一部に限られた

市政府信頼のモデルへ制度満足の変化を加えると、免除係数は+0.21から+0.17へ縮小し、制度満足自体は市政府信頼と正に関連した。PROCESSによる免除群の間接効果の信頼区間は0.01〜0.12だった。一方、コーチ群の間接効果はゼロをまたぎ、コーチ群の信頼増の仕組みは説明できなかった。

知覚された制度効果、社会への帰属、接触、主観的ウェルビーイング、精神健康は、処置から市政府信頼への明確な媒介とはならなかった。免除群では社会への帰属と主観的幸福が予想と逆方向に悪化する境界的結果もあり、論文は追加の理論化が必要としている。媒介分析は処置後変数を用いるため、RCTの処置効果ほど強い因果解釈はできない。

日本に当てはめるときの注意

最大の障害は、単一市の任意参加339人から追跡できた約250人の結果で、信頼の効果が市政府にしか現れなかったことである。

  • オランダは高信頼・大規模福祉国家で、自治体が社会扶助を執行する。日本の国・自治体への責任帰属や信頼水準は異なる
  • 処置はUBIではなく、所得審査と給付資格を残したまま再就労条件を緩和したもの。さらに両処置で就労所得控除も拡大した
  • 参加は任意で、非参加者との差は観察特性では小さいとされるが、動機や行政への態度の自己選択を除けない
  • 標本が小さく、アウトカムごとに52〜58人の追跡欠測がある。欠測者の基礎信頼差は小さいが、欠測バイアスを完全には否定できない
  • 事前登録や多重検定補正の記載がなく、3種類の信頼と複数媒介を分析している。p<0.05の境界にある結果は慎重に読む必要がある
  • 2年目の信頼を除外した判断には理屈があるが、長期持続性を確認できない。制度終了を不安視した割合は処置群で高かった
  • 論文には独立した資金源・利益相反申告欄が見当たらない。実験は市議会の要請で行われ、著者Betkóは同実験の市向け報告にも関与している