UBI研究機構 資料データベース / 制度設計・財源 PAPER 51
制度設計・財源 / 米国 / 理論・政策史レビュー / 2003

負の所得税はなぜ米国福祉の基準点になったか — 理論と政策史のレビュー

原題:The Negative Income Tax and the Evolution of U.S. Welfare Policy

種別
論文・研究資料
発表年
2003
地域
米国
手法
理論・政策史レビュー
出典
Journal of Economic Perspectives, 17(3), pp.119–140(2003年)
この論文の要点
01

給付逓減率引下げの就業効果は一意でない

02

EITCは巨大な負の所得税型制度となった

03

就労要件と制度分立は単純化に逆行した

研究の背景

Milton Friedmanが1962年に提案した負の所得税(NIT)は、所得ゼロ時に最低所得を保障し、稼得が増えるほど給付を一定率で減らす。現金で支給し、所得だけを基準に複数福祉を統合し、100%の給付減額より働く見返りを残す構想だった。しかし米国では純粋なNITは成立せず、就労要件、対象別給付、現物給付が拡大する一方、勤労所得税額控除(EITC)が別のNIT型制度として巨大化した。本稿はその理論的争点と1970年代以降の政策史を整理する。

方法と対象

新しいRCTや準実験を行った論文ではない。次の順で議論する叙述的レビューである。

  1. FriedmanのNIT式 `B = G − tY` を用い、保障額Gと給付逓減率tの予算制約を説明
  2. 給付逓減率を下げたときの労働供給が理論的に曖昧になる理由を、単身母のシミュレーションと1970年代NIT実験で例示
  3. 就労要件がNITを上回り得る条件と、選別・行政裁量・公平性の問題を検討
  4. AFDC、1996年福祉改革後のTANF、EITC、食料・住宅・医療・障害給付の重なりを政策史として追跡

文献検索の対象、採否基準、効果量統合を事前に定めた系統的レビューではない。表の労働供給値や実験結果は先行研究の引用・再整理であり、本稿独自の因果推定ではない。

結果

給付逓減率を下げても総労働供給が増えるとは限らない

100%逓減の福祉から低い逓減率へ変えると、給付を受けて全く働かなかった人には就業の見返りが生まれる。一方、以前は給付対象外で働いていた人が、新たに給付対象となり労働を減らす所得効果も生じる。どちらが大きいかは所得分布、保障額、逓減率、家族類型、労働供給弾力性に依存する。

単身母の先行シミュレーションでは、NITは無給付に比べて週労働時間を減らし、逓減率を100%から75%へ下げると多くの仕様で減少幅が小さくなった。しかし保障額が貧困線の50%で高い弾力性を置く例では、減少が−2.06時間から−2.22時間へかえって大きくなった。数字は例示で、2003年時点のモデル仮定に依存する。

Seattle–Denver NIT実験の先行結果でも、逓減率70%から50%への変更は夫と妻の労働供給を減らし、単身母では保障額によって増える場合と減る場合があった。したがって「逓減率を下げれば必ず就業が増える」という主張を著者は退ける。

就労要件は就業を増やし得るが、別のコストを持つ

給付を受ける条件として一定時間の就労を課せば、予算制約の一部では労働供給を明確に増やせる。しかし誰が働けるかの判定、健康・介護事情への例外、監視と制裁、非受給者との公平性が必要になる。就労だけでなく貧困削減や受給者厚生を社会目的に含めれば、就業増だけで制度の優劣は決められない。

著者は、就労要件と対象別給付が理論的にNITを上回る場合を認めつつ、行政裁量とパターナリズム、支援からの排除を伴う点を強調する。

米国は「純粋なNIT」と逆方向にも同方向にも進んだ

AFDCからTANFへの移行、とくに1996年改革後は就労要件、期限、州裁量が強まった。これは所得だけを基準に条件なく現金を払うNITと逆方向である。食料、住宅、医療、障害など制度数も増え、複数制度の逓減が重なると累積的な限界税率が高くなり得る。

他方、EITCは低所得の就労者に稼得補助を与え、その後逓減する巨大なNIT型制度になった。著者が引用する当時の研究では、EITCは単身母の就業を増やす一方、主に既婚女性である第2稼得者の労働を減らし、女性全体では正の効果とされた。ここでも群によって方向が違う。

結論はNITの全面支持でも否定でもない。純粋なNITは労働供給の曖昧さと就労要件・対象別制度からの挑戦を受けたが、所得移転のインセンティブを分析する基準点として定着した、という政策史的評価である。

日本に当てはめるときの注意

最大の障害は、2003年までの米国制度史を扱う叙述的レビューで、日本の現在制度の効果量を与えないことである。

  • NITは所得審査付きで、全員へ同額を払うUBIとは異なる。世帯・税申告単位、保障額、逓減率が行動と分配を左右する
  • 紹介される1970年代実験や単身母シミュレーションの数値は本稿独自の推定ではなく、当時の米国の家族構成・制度・労働市場に依存する
  • EITC、AFDC、TANFの記述は2003年までで、その後の米国制度改正や新しい因果研究を含まない
  • 系統的レビューではなく、検索戦略、研究の質評価、出版バイアス検討、メタ分析はない
  • 日本で負の所得税を考えるには、個人か世帯か、マイナンバーと年末調整、生活保護・住民税非課税措置・社会保険料の逓減を合わせて設計する必要がある
  • 就業時間だけでなく、貧困、健康、介護、行政負担、受給漏れを目的関数に含めるべきだという論点は日本にもそのまま重要である
  • NBER稿はFriedmanを顕彰する会議での初稿を基にし、Friedmanらからコメントを得た。見解はNBERを代表しないと明記するが、独立した資金源・利益相反申告欄はない