研究の背景
対象を狭く絞る福祉制度は受給者を「支援に値する人/値しない人」に分け、申請回避、社会的孤立、政治的脆弱性を生むと論じられてきた。しかし所得審査を残しながら地域全体が参加可能な最低所得保障が、従来型福祉と異なる意味を持つかについて、実験参加者自身の記録はほとんど分析されていなかった。
本研究はMINCOMEを単なる金額ではなく、対象範囲、申請・支給手続き、職員の裁量、政府や新聞による「実験」という説明を含む制度として調べ、参加者がどのように受け止めたかを分析した。
方法と対象
1976年8月、ドーファンでMINCOMEに参加していた成人世帯主全員に9ページの「地域経験」調査を配布した。407人、当時の成人参加者の約65%が回答し、79%が少なくとも一つの自由記述を残した。選択式項目の平均記入率は97%だった。
| 比較群 | 回答数 | 性質 |
|---|---|---|
| MINCOME参加者 | 407 | ドーファンの受給・登録世帯主 |
| 通常福祉の受給者 | 40 | マニトバ州の福祉受給者 |
| 地域の非受給者 | 98 | MINCOMEなら資格を持ち得る所得帯から層化抽出 |
質問は余暇、地域活動、銀行・家主・職場との問題、恥や不快感、福祉とMINCOMEの比較、加入理由を含む。自由記述は帰納的に符号化した。比較群は無作為割付ではなく、福祉群は単身・ひとり親が多いなどベースライン属性も異なるため、群間差を制度の因果効果とは断定できない。
結果
MINCOMEと福祉は別の制度として受け止められた
所得が増えるとしても通常福祉へ加入すると答えたMINCOME参加者は6%だった。一方、福祉受給者の70%はMINCOMEへ加入したいと答えた。地域非受給者も、MINCOMEには42%が加入を考えるのに対し、福祉は5%だった。
MINCOME参加者の98%は制度参加が原因の地域トラブルを「一度も」経験しなかったとし、92%は非参加者の前で恥ずかしい・居心地が悪いと感じたことがないと答えた。福祉受給者ではそれぞれ72%、65%だった。参加を友人、同僚、店などに隠そうとした割合は福祉受給者がMINCOME参加者の約2倍だった。
自動性と裁量の少なさが尊厳を支えた
通常福祉では窓口訪問、家庭調査、支出や私生活への条件、担当者裁量が目立った。MINCOMEは郵送による所得申告と自動的な計算が中心で、就労・居住・支出への個別監視が少なかった。自由記述では、福祉職員を侮辱的・不確実と評する一方、MINCOMEは「放っておいてくれる」「必要なとき利用できる」と評価する回答があった。
参加可能性が就業者や一時的な所得低下にも開かれていたため、受給が特定の「福祉依存者」という身分を示しにくかった。働いて自立すべきだと強く考え、通常福祉を拒否する人でも、MINCOMEは不足所得を補う実用的な制度として受け入れていた。
「実験」という枠付けも作用した
政府、職員、地元紙はMINCOMEを将来制度のための科学的実験として説明し、参加者は援助を受けるだけでなく研究に協力していると理解できた。加入理由には所得保障のほか、「実験を助ける」「地域のため」「頼まれたから」が現れた。
ただしこの好意的な枠付けは本番制度では再現できない可能性がある。著者も、スティグマ低下が積極的な社会的連帯まで生んだとは示しておらず、少数ながら制度悪用への懸念を述べる参加者もいた。
日本に当てはめるときの注意
最大の障害は、任意回答した参加者の一時点の比較調査で、群の属性差と回答選択が大きく、制度がスティグマを因果的に減らした量を推定できないことである。
- MINCOMEは全員給付ではなく、全世帯が所得に応じて参加可能な負の所得税だった
- 「政府実験に協力する」という特別な意味は恒久制度で消える可能性がある
- 1970年代カナダの福祉には現在より侵襲的な運営もあり、日本の生活保護との単純比較はできない
- 日本では申請窓口、扶養照会、資産調査、受給者への社会的評価を別々に測る必要がある
- 金額だけでなく、自動給付、担当者裁量、就労との両立、制度名称と説明が利用率を左右するという示唆は有効である
- アーカイブ自由記述の符号化は著者一人の解釈に依存する。特定の利益相反の申告は見当たらない
