UBI研究機構 資料データベース / 労働供給 PAPER 18
労働供給 / スウェーデン / 準実験 / 2017

富は労働供給をどれだけ減らすか — スウェーデンの宝くじによる自然実験

原題:The Effect of Wealth on Individual and Household Labor Supply: Evidence from Swedish Lotteries

種別
論文・研究資料
発表年
2017
地域
スウェーデン
手法
準実験
出典
American Economic Review, 107(12), pp.3917–3946(2017年)
この論文の要点
01

賞金の約1%だけ年間労働所得が減った

02

所得減少は少なくとも10年間続いた

03

配偶者より当選者本人の反応が大きかった

研究の背景

ベーシックインカムを含む不労所得は、生活のために働く必要を弱め、労働供給を減らす可能性がある。しかし通常の資産額は能力、節約志向、家族背景と結び付くため、富と就労の相関から純粋な所得効果を推定できない。過去の宝くじ研究は標本が小さく、当選者の自己申告や追跡脱落にも左右されていた。

本研究はスウェーデンの複数の宝くじと行政所得記録を結び付け、同じ抽選条件のなかで偶然異なる賞金を得た人を比較する。ほぼ脱落のない長期データにより、富の増加が本人と配偶者の労働所得、就業、労働時間、賃金、自営業所得へ与える影響を調べた。

方法と対象

対象は当選時21〜64歳の宝くじ参加者である。賞金は非課税で、次の三制度から構成される。

宝くじ無作為性の利用方法主な賞金形態
Prize-Linked Savings同じ抽選・当選回数などのセル内比較預金口数連動・固定賞金
Kombi大口当選者と同じ抽選の非当選者を比較一時金
Triss同じ年・賞金計画でテレビ抽選した人を比較一時金・月払い

分析標本には251,748件の賞金があり、10万スウェーデン・クローナ超が5,500件以上、100万クローナ超が約1,500件あった。賞金総額は46.62億クローナ、当選時平均年齢は48.6歳だった。同じ「セル」内で賞金額が潜在的な所得と独立になるよう設計し、セル固定効果と当選前属性を統制した。

主なアウトカムは税引前労働所得で、賃金所得と自営業所得を含む。1991〜2010年の行政記録から当選前5年、当選後最大10年を追い、就業の有無、月間賃金、フルタイム比労働時間、年金、税引後所得も分析した。配偶者を加えた世帯単位の推定も行った。

公開PDFは2015年のNBERワーキングペーパー版であり、メタデータは2017年の査読出版版に合わせている。数値は公開PDFで確認した版に基づく。

結果

労働所得は直ちに減るが、賞金に比べて小さい

賞金100クローナ当たり、当選翌年の税引前労働所得は1.152クローナ減(標準誤差0.153)、2年目は1.177クローナ減った。5年間のイベントスタディでは年平均1.068クローナ減(標準誤差0.149)で、当選後10年間の累積は8.033クローナ減だった。いずれもp<0.001である。

言い換えると、100万クローナの賞金で年間の税引前労働所得はおよそ10,680クローナ減る。減少は賞金の年約1%で、少なくとも10年続く。税・社会保険を考慮した税引後所得の減少は100クローナ当たり0.580クローナと、税引前より約4割小さい。

賃金所得は100クローナ当たり0.967クローナ、自営業所得は0.142クローナ減った。失業給付には有意な増加がなく、年金所得は増加方向だが5%水準では有意でない。したがって、所得減を失業給付への移行だけで説明することはできない。

就業退出と労働時間の双方が動いた

100万クローナの賞金は、年間労働所得が2.5万クローナを超える確率を2.067ポイント低下させた。観察可能な賃金労働者では、フルタイムに対する労働時間が3.109%低下(標準誤差0.616)した。月間賃金は1000クローナの賞金当たり0.158クローナ低下する方向だが、p=0.063だった。

著者の分解では、当選直後は労働所得反応の約半分を就業の有無が説明し、6年後には約3分の1となる。残りは労働時間など就業継続者の調整である。雇用主、産業、職業の変更はほとんど見られなかった。

属性による違いは予想より小さかった

男女、学歴、当選前所得、賞金規模、宝くじ種類による反応差の多くは統計的に明確でなかった。一時金と月払いも現在価値をそろえると近い反応だった。年齢別の短期反応も意外に似ていたが、高齢当選者は65歳に達すると労働所得をそれ以上減らせないため、時間とともに推定効果が小さくなる。

退職年齢65歳を置いた動学モデルでは、生涯の追加富1クローナ当たり労働所得を減らす割合は、20歳当選で0.186、50歳で0.107、60歳で0.046と推計された。これはモデル仮定に依存する外挿であり、直接観察した生涯効果ではない。

配偶者も減らすが、当選者本人ほどではない

既婚者では、賞金100クローナ当たり当選者の労働所得が0.981クローナ、配偶者が0.458クローナ減り、世帯全体では1.439クローナ減った。全標本で配偶者を含めると世帯反応は1.324クローナで、当選者本人だけを見る1.068クローナより24%大きい。

既婚者では本人と配偶者の差が0.522クローナで、p=0.059だった。より厳しい標本では差が有意となる仕様もあり、誰が賞金を所有するかに関係なく家計が一体で反応する「所得プーリング」と整合しにくい。ただし、夫婦内で賞金所有者が完全に無作為ではないため、この部分の因果解釈は本人の主推定より弱い。

適用範囲

宝くじ参加者は年齢・性別を調整すると一般人口と大きく異ならないが、参加という自己選択は残る。賞金は突然のまとまった純資産増であり、毎月の恒久給付や、それを賄う増税とは異なる。労働供給以外の幸福、健康、起業、消費への便益も本論文の評価対象ではない。

日本に当てはめるときの注意

最大の障害は、宝くじ賞金という一時的・非課税の資産ショックを、課税財源の恒久的なUBIへ置き換えられないことである。本研究は給付側の所得効果をきれいに測るが、財源税による代替効果を含まない。

  • スウェーデンの税・年金制度と65歳付近の退職集中が結果の時間構造に影響する
  • 賞金額に比べた反応は小さいが、長期に持続するため累積効果は無視できない
  • 「雇用を辞める」だけでなく、就業者が時間を減らす調整を統計に含める必要がある
  • 世帯反応を測るなら本人だけでなく配偶者の所得・時間も追跡すべきである
  • 日本のUBI試算では、給付による所得効果と財源税による賃金・労働時間への影響を別々にモデル化する必要がある
  • 研究資金はスウェーデン研究評議会など公的・学術機関から提供され、公開版に金銭的利益相反の記載は見当たらない