研究の背景
家族所得と子どもの発達には相関があるが、親の能力、環境、健康などが同時に違うため、所得そのものの因果効果は判別しにくい。カナダでは1990年代後半以降、連邦・州の児童給付が州、年、子どもの人数によって異なる形で拡充された。
本研究はこの制度差を利用し、所得増がテスト得点だけでなく、子どもの行動・精神健康、母親の抑うつ、身体健康、飢餓にどう関係するかを推定した。
方法と対象
カナダのNational Longitudinal Survey of Children and Youthの6波を使い、主に10歳以下の子ども約56,000観測を分析した。成果指標ごとに対象年齢が違うため、実際の観測数は17,766〜115,910である。
実際の家族所得をそのまま使わず、固定した家族標本を各州・各年・子ども人数の制度へ当てはめ、受け取れる児童給付を税・給付シミュレーターで計算した。州、年、子ども人数の二次交互作用まで統制し、残る三重の制度差から給付効果を識別する。主な係数は年1,000カナダドルの給付増に対応する。
| 領域 | 主な指標 |
|---|---|
| 教育 | 算数、語彙、留年、学習障害 |
| 心理・行動 | 多動、向社会行動、不安、身体的・間接的攻撃 |
| 家族 | 母親の抑うつ、母親の健康 |
| 身体・困窮 | 飢餓、身長、体重、けが、一般健康 |
母親が高校卒業以下の世帯は受給可能性と給付額が高いため、全標本に加えこの層と男女別を分析した。制度変更と同時に州別・家族人数別で変わる未観測政策がないことが主要な識別仮定である。
結果
教育効果は主に低学歴母世帯の男子に現れた
全標本の算数・語彙得点は正だが有意でなかった。母親が高校卒業以下の世帯では、1,000ドルの給付増に対し算数が0.074標準偏差、語彙が0.068標準偏差改善した。男子では0.196、0.166標準偏差とさらに大きく、女子の推定値は小さく有意でなかった。
学習障害と診断されていない確率も低学歴母世帯で1.5ポイント、男子で2.3ポイント高かった。一方、全標本では留年が1.3ポイント増える推定もあり、部分標本では再現しなかったため、著者は留年結果を結論的としない。
母親の抑うつと攻撃性は改善したが、全指標ではない
母親の抑うつは低学歴母世帯で0.116標準偏差低下し、女子の母親では0.150標準偏差だった。子どもの身体的攻撃性も全標本で0.051標準偏差、低学歴母世帯の女子で0.114標準偏差低下した。
不安の推定値は負だが有意でなく、多動も一部仕様を除き明確でなかった。向社会行動は低学歴母世帯で0.082標準偏差、女子で0.104標準偏差低下しており、すべての行動指標が改善したわけではない。
身体健康の結果は限定的だった
低学歴母世帯で飢餓を経験しない確率が1.1ポイント、男子で2.2ポイント高まり、男子の身長と一般健康にも改善があった。体重、直近1年のけが、母親の一般健康には一貫した効果がなかった。
パネル分析では教育・情緒の一部効果が4年後にも残るが、標本が小さく、仕様によって推定値が変わる。多くの成果と部分集団を検定しているため、個々の有意差には偶然の可能性もある。
日本に当てはめるときの注意
最大の障害は、因果識別が州・年・子ども人数ごとの制度差に依存し、同時期の別政策や地域別トレンドを完全には除けないことである。
- 現金給付のRCTではなく、制度変更を使った準実験である
- 男女差は興味深いが、多数の成果・部分集団分析の一部であり再現確認が必要である
- カナダの児童給付は所得に応じた家族単位の制度で、個人単位・全年齢のUBIではない
- 1990年代から2000年代前半の制度と物価を対象とし、現在のカナダや日本の給付額へ直接換算できない
- 日本では児童手当、扶養控除、保育・教育サービスを合わせた純効果として評価する必要がある
- 公開PDFは2009年のNBERワーキングペーパー版で、書誌は2011年の査読版に合わせた。特定の利益相反の申告は見当たらない
