UBI研究機構 資料データベース / 健康・幸福度 PAPER 19
健康・幸福度 / 高所得国・上位中所得国 / レビュー / 2020

ベーシックインカムに似た介入の公衆衛生効果 — スコーピングレビュー

原題:The Public Health Effects of Interventions Similar to Basic Income: A Scoping Review

種別
論文・研究資料
発表年
2020
地域
高所得国・上位中所得国
手法
レビュー
出典
The Lancet Public Health, 5(3), pp.e165–e176(2020年)
この論文の要点
01

27研究・9種類の制度を体系的に整理した

02

健康効果は改善と無効果が混在した

03

大幅な雇用減を示す証拠は乏しかった

研究の背景

所得は健康の重要な社会的決定要因であり、無条件の基礎所得はストレス、栄養、住居、雇用、ケア、教育を介して健康を変え得る。一方、普遍的、恒久的、無条件、個人単位、生活可能額という条件をすべて満たす制度の評価研究は存在しなかった。短期・少人数の実験から全国的な恒久制度の効果を直接推測することも難しい。

従来のレビューは検索と選定が体系的でなく、どの介入を証拠として含めたかが不透明だった。本研究はベーシックインカムに似た制度を明示的な基準で探し、健康だけでなく雇用、教育、犯罪、家族関係、地域への波及まで証拠の範囲を地図化した。

方法と対象

著者らは8つの書誌データベースと8つの専門データベースを創刊時から検索し、2017年4月、2017年11月、2019年7月に更新した。専門サイトの手作業検索も行った。検索結果は負の所得税系と無条件現金給付系に分けて選別した。

選定項目基準
地域高所得国または上位中所得国
給付個人または世帯への定期的・無条件の現金
BIとの類似普遍性、恒久性、定額または生活可能額のうち一つ以上
研究設計RCT、クラスターRCT、準実験、前後比較、質的研究
言語英語

最終的に、負の所得税10研究に関する50文献と、無条件現金給付17研究に関する32文献を含めた。重複を整理すると27研究、9種類の介入である。主な制度は米国の所得維持実験、カナダMINCOME、アラスカ恒久基金、東部チェロキー族などの部族配当、イランの補助金改革である。

一人の査読者が全件を選別し、別の査読者が10%を確認した。データ抽出様式は2人で試行し、25%を二重抽出した。研究間の介入・指標・報告形式が不均質で、共通効果量を計算できなかったため、メタ分析ではなく叙述的に統合した。研究品質の正式なリスク・オブ・バイアス評価は行わず、主要な方法上の問題を記述した。

結果

健康は一部で改善したが、一貫してはいない

改善が報告された指標には、出生体重、乳児肥満、成人・子どもの精神健康、医療利用、栄養があった。例として、Gary所得維持実験では高リスク群の出生体重が0.3〜1.2ポンド増え、MINCOMEのドーファンでは入院が対照より8.5%低下したと報告された。東部チェロキー族の配当では子どもの精神症状の改善が示された。

一方、慢性疾患、医師受診、入院、出生関連指標などで無効果の研究も多い。同じ制度でもアウトカムや部分集団によって結果が異なり、レビューは「BI類似給付が一般に健康を改善する」という単一効果を推定していない。

提案された経路は、経済的ストレスの低下、親の養育改善、栄養改善、母親が幼い子どもと過ごす時間の増加などである。ただし媒介経路を直接検証した研究は限られる。

労働への影響は制度・性別でばらついた

初期の負の所得税実験では男性の年間労働時間が最大9%減る推定もあったが、所得の過少申告を補正するとGaryやSeattle–Denverの効果は小さくなった。男性については無効果または小さな変化が多く、女性、とくに幼い子どものいる母親では減少が比較的大きかった。

アラスカでは男性の労働参加が配当直後に1.6%上がる研究がある一方、女性の週労働時間は1.96時間減り、集計上の年間労働供給減は0.2%とされた。東部チェロキー族の研究では親の労働参加に効果がなく、イランでは女性と自営業者の就労が増える結果もあった。

労働時間が減った場合、教育やケアへ時間が移った例がある。青少年の就労減少と就学継続の増加が同時に観察された研究もあり、労働時間だけで社会的損失を判断できない。

教育・家族・犯罪にも正負の結果があった

教育では就学継続、出席、学力に大きな改善を示す研究がある一方、無効果もあった。効果は低所得・不利な集団で強い傾向がある。家族解消には概して明確な影響がなく、親子関係の改善を示す研究があった。

犯罪は一部で減ったが、アラスカの年次一括配当直後には薬物関連犯罪が増え、財産犯罪が減るという異なる動きが報告された。若年層への大口一括給付と物質使用を結び付ける質的報告もあるが、少人数の目立つ事例が繰り返し語られるバイアスも指摘される。

波及効果はあるが、マクロ証拠が不足していた

普遍的・準普遍的な制度では、消費増による労働需要、地域賃金、非受給者の所得、同級生の進学判断などへの波及が示唆された。効果が受給期間とともに強まる研究もある。これは小規模・短期の個人RCTでは捉えにくい。

しかし、生産性、総消費、労働需要、賃金、インフレ、医療費節約などのマクロ指標は証拠がないか少なかった。著者らは、大規模な地域無作為化、準実験、動学シミュレーションを組み合わせる必要を指摘した。

レビュー自体の限界

対象介入のどれも完全なベーシックインカムではなく、制度、金額、期間、対象、研究設計が大きく異なる。含まれた政策レベル制度の多くは石油・カジノ・補助金廃止などの臨時収入を原資とし、一般課税で全国実施する制度とは財源効果が違う。英語文献のみで、検索は利用可能な資源に制約され、正式な品質評価もない。したがって、これは平均効果を定量化するレビューではなく、何が分かり何が不足しているかを整理するレビューである。

日本に当てはめるときの注意

最大の障害は、異質な「BI類似制度」をまとめたレビューで、特定の日本版UBIの効果量を提示していないことである。個別研究の制度条件まで戻って比較する必要がある。

  • 健康改善は全アウトカムで一貫せず、無効果や望ましくない結果も含まれる
  • 女性の労働減少は、有給育児休業が乏しかった時代の研究を含み、日本の現行制度と単純比較できない
  • 日本の皆保険、教育制度、世帯課税、雇用慣行に近い研究だけを選ぶ追加分析が必要である
  • 給付財源が天然資源・カジノ収益か、一般課税かで労働・物価・厚生効果は変わる
  • レビューは2020年公表で、2019年7月以降の大規模研究を含まない
  • 著者MGとPCは研究期間中にWhat Works Scotlandから助成を受け、WHはスコットランドのBI試行を検討する運営グループの議長だった。同グループはBI推進の立場を取っていないと開示されている