研究の背景
家庭所得と子どもの脳構造・脳活動には多くの相関が報告されるが、所得以外の家庭・地域要因が混ざるため、所得そのものの因果効果は分からない。BFYは出生直後からの月次無条件給付を無作為化し、この問いを検証できる。
同じ実験の1歳時研究は、ベータ・ガンマ・アルファ帯域に示唆的な差を報告したが、多重検定補正後には有意でなく、コロナ前に測定できた435人に限られていた。本研究は4歳時のより大きな標本で、事前登録した主要・副次指標と各周波数帯を追跡した。
方法と対象
共通のBFY設計では母子1,000組を、月333ドルの高額群40%と月20ドルの低額群60%へ出生時に無作為化した。給付は当初40か月予定だったが52か月、72か月へ延長され、本研究時点では約4年間継続していた。
| 段階 | 人数・率 |
|---|---|
| 4歳時点で適格 | 984組 |
| 何らかの4歳データ | 892組 |
| 子どもの対面訪問 | 824組 |
| EEGへの同意 | 754組 |
| 使用可能なEEG | 637組 |
平均年齢4.03歳で、128電極EEGを使い、無音動画を約3分見る安静時脳活動を測定した。主要事前登録指標は全脳の7〜45Hz、アルファ・ベータ・ガンマの合成指数、副次指標は前頭部ガンマ波である。
探索分析では絶対・相対パワーをシータ3〜6Hz、アルファ7〜12Hz、ベータ13〜20Hz、ガンマ21〜45Hzに分け、前頭、側頭、中心、頭頂、後頭の地域差を混合モデルで調べた。ベースライン共変量、実施地、年齢、使用可能エポック数を調整した。
結果
主要・副次指標はnullだった
主要合成指標は高額群が0.12標準偏差高かったが、p=0.11で有意でなかった。頑健回帰、多重代入、非回答重み付けでも結論は変わらなかった。
事前登録した前頭部ガンマ波は効果量マイナス0.09、p=0.266で有意でなく、脳領域との交互作用もなかった。1歳時に示唆された高いベータ・ガンマ波は4歳時に再現されなかった。著者は発達段階、生活環境の多様化、測定法の変更、コロナ禍、給付額不足、1歳時結果が偶然だった可能性を並列に挙げ、どれかを実証したとはしていない。
探索的な相対アルファ波にのみ差があった
相対アルファ波は高額群0.249、低額群0.239で、調整差0.009、効果量0.15、丸め前p<0.050だった。絶対アルファ波は効果量0.16、p=0.067で有意でない。シータ、ベータ、ガンマの絶対・相対パワーには有意差がなかった。
OLSでは絶対・相対アルファが補正前に有意となったが、4帯域を一つの検定群として多重補正すると有意でなくなった。全脳アルファは正式な主要・副次アウトカムではなく、再現が必要な探索結果である。
アルファ波と注意・問題行動の同時点相関は絶対値0.11以下と小さく、4歳時の行動成果に群間差もなかった。したがってアルファ波の差を認知能力向上と読み替えることはできない。
EEG標本の選択差が残った
使用可能EEGは高額群70%、低額群61%で約9ポイント差があった。ベースライン差を重み付けで補正してもアルファの推定は概ね維持されたが、未観測要因による選択偏りは残る。また側頭部のベータ・ガンマには動き由来の可能性があるアーチファクトがあり、除外分析で主要指標は効果量0.14、p=0.084となるなど分析判断への感度があった。
日本に当てはめるときの注意
最大の障害は、主要・副次評価項目がnullであり、唯一の有意差が探索的かつ境界的なアルファ波であるため、「現金給付が脳発達を改善した」と結論できないことである。
- EEGは行動や認知の間接指標で、「高い/低い」が発達上よいとは周波数・年齢により一義的でない
- 使用可能データ率が群間で異なり、重み付け後も選択バイアスを排除できない
- 1歳時と4歳時で測定場所、機器、電極、刺激が異なり、経時比較には測定変更が混ざる
- 対象は出生時に貧困線以下だった米国4都市の母子で、日本の所得分布、保育、医療制度と異なる
- 月313ドルの群間差が4年間続いても、多くの家庭は貧困線200%以下に残った
- 著者はNIH関連助成を競合関係として開示し、ほかの著者は既知の競合利益なしとしている。資金提供者は研究設計・分析・出版判断へ関与しなかったと記載されている
