UBI研究機構 資料データベース / 労働供給 PAPER 11
労働供給 / 米国(アラスカ州) / 準実験 / 2022

恒久的な現金給付は雇用を減らすか — アラスカ恒久基金の労働市場効果

原題:The Labor Market Impacts of Universal and Permanent Cash Transfers: Evidence from the Alaska Permanent Fund

種別
論文・研究資料
発表年
2022
地域
米国(アラスカ州)
手法
準実験
出典
American Economic Journal: Economic Policy, 14(2), pp.315–340(2022年)
この論文の要点
01

州全体の雇用率はほぼ変わらない

02

パートタイム就業は1.8ポイント増

03

地域需要が所得効果を相殺した可能性

研究の背景

無条件の現金給付は、働かなくても得られる所得を増やすため、余暇への需要を通じて労働供給を減らす可能性がある。宝くじ当選者や1970年代の負の所得税実験はこの「所得効果」を測ってきたが、対象が人口の一部であったり、実験期間が数年で終わったりする。そのため、地域の全員が長期間受給したとき、消費増による労働需要まで含めて雇用がどう変わるかは十分に分かっていなかった。

アラスカ州では、石油収入を原資とする恒久基金から、居住要件を満たす住民一人ひとりへ年1回の配当が1982年から支払われている。給付が普遍的かつ恒久的であり、州全体の経済に波及し得る点を利用して、著者らは長期の労働市場効果を検証した。

方法と対象

分析単位はアラスカ州である。同じ州の非受給者を対照群にできないため、著者らは合成コントロール法を使い、配当導入前のアラスカに似るよう他州を加重平均した「合成アラスカ」を作った。

  • 主データ:米国Current Population Survey(CPS)の月次個票
  • 分析期間:1977〜2014年
  • 導入前:1977〜1981年の最大5年間
  • 導入後:1982〜2014年
  • 主要アウトカム:人口に占める就業者の割合、人口に占めるパートタイム就業者の割合
  • 副次アウトカム:労働力率、就業者の前週労働時間
  • マッチング変数:年齢、性別、学歴、産業構成、石油生産、人口移動など

推定値は導入後33年間の平均差である。有意性と95%信頼区間は、別の州や年を仮想的な処置対象にする1,836通りのプラセボ推定から構成した。主要2指標では、導入前の適合度が他の州・年を処置対象にした場合の少なくとも68%より良かった。一方、労働力率と労働時間は導入前の適合が相対的に悪く、著者らは補助的な結果として扱っている。

結果

雇用率は変わらなかった

1982〜2014年の就業率の平均差は0.001(0.1パーセントポイント、95%CI −3.0〜3.3ポイント、p=0.942)だった。点推定値はほぼゼロであり、アラスカの就業率は導入後も合成アラスカと近い動きを続けた。

労働力率の推定値も+1.2ポイント(95%CI −1.9〜4.2、p=0.331)で有意ではない。ただし、この指標は導入前の合成コントロールの適合度が低いため、雇用率ほど強い証拠ではない。

パートタイム就業は増えた

人口に占めるパートタイム就業者の割合は1.8ポイント増(95%CI 0.4〜3.2、p=0.020)だった。導入前平均に対して17%の増加に相当する。就業者の前週労働時間は週0.796時間減(95%CI −1.751〜0.191、p=0.084)で、方向は整合的だが5%水準では有意でなく、導入前の適合度も弱い。

パートタイム比率の上昇はフルタイムからパートタイムへの移行と整合するが、それだけとは断定できない。雇用率の信頼区間は正の効果も含み、代替仕様では雇用率が有意に増える場合もあるため、非就業者がパートタイムで新たに働き始めた可能性も残る。

属性別では、パートタイム増加は既婚女性で大きく、+3.5ポイント(p=0.001)だった。男性全体は+0.8ポイントで有意ではない(p=0.192)。ただし、部分集団ごとに別の合成対照を作るため、主要結果より不確実性が大きい。

地域需要による相殺という解釈

先行研究の所得効果を当てはめると、配当は就業率を約1.7ポイント下げると予測される。他方、配当消費による州内需要の増加は就業率を約1.0ポイント上げると著者らは較正した。単純合計は−0.7ポイントで、実測の主推定値0.1ポイントより負だが、大きくは離れていない。

需要経路の補助的検証では、取引可能部門の就業率が−4.8ポイント(95%CI −7.2〜−2.5、p=0.005)、非取引部門は+0.2ポイント(95%CI −2.4〜2.7、p=0.859)だった。地元で消費されるサービスなどの非取引部門では需要増が労働供給減を相殺した、という説明と整合する。ただし両部門とも導入前の適合が悪く、著者ら自身が「示唆的な証拠」にとどめている。地域需要を直接測った検証でもない。

著者が示す適用範囲

平均世帯の配当は年約3,900ドル、一人当たり平均は2010年価格で約1,495ドルだった。研究が直接示すのは、天然資源収入で賄う比較的小さな年次給付の効果である。月1,000ドル級のUBI、増税で賄う制度、既存給付を廃止して置き換える制度の効果は識別していない。

日本に当てはめるときの注意

最大の障害は財源と給付規模が日本のUBI案と大きく異なることである。アラスカは石油資産の収益を州民に配る制度であり、所得税・消費税の引き上げによる労働供給への影響を含まない。

  • 年1回の小規模給付であり、生活費を恒常的に賄う月次の基礎所得ではない
  • 1州だけの準実験で、アラスカ固有の石油産業、人口移動、物価、地理条件が残る
  • 合成コントロール法は、導入後にアラスカだけへ起きた別の長期変化を完全には除けない
  • 「雇用が減らなかった」と「労働供給が全く変わらなかった」は同じではない。パートタイム増と労働時間減の兆候がある
  • 需要増による相殺は直接検証ではなく、較正と部門別推定からの解釈である
  • 日本で応用するなら、全国一律制度よりも、地域資源・基金収益を住民配当にする制度の比較材料として近い